2012年7月15日日曜日

村山 斉の世界を知ろう


 「超ミクロの世界から宇宙まで」

Q. 先生のご専門の研究は何でしょうか?その研究でどのようなことが分かってきましたか?
私の専門は素粒子物理です。素粒子の「素」は「もと」で、「粒子」は「つぶ」という字ですが、その字のごとく、身の回りの物質を細かく見ていき、その素が何でできているのか、どのような仕組みで動いているのかという基本の法則を調べるのが素粒子物理です。
20世紀の素粒子物理学の大発展により、物質の基本的な構造はほとんど分かってきました。物質は原子でできており、その原子の中央には原子核があり、その周りを電子がまわっています。原子核を構成するのは陽子と中性子であり、それらは、さらに小さいクオークでできています。原子の大きさが1億分の1cmで、クオークはそのさらに10億分の1以下の大きさなので、どれほど小さいか分かると思います。このように、身の回りの物質については、超ミクロの世界のことまで分かっています。
一方、広大な宇宙に目を向けてみると、まだ解明されていないことが多く、しかも、素粒子の研究がいろいろな意味で宇宙にかかわっていることに気づきました。例えば、宇宙を昔にさかのぼると、まだ星や銀河は存在せず、暗黒物質と原子という物質のみがあり、さらにもっと昔になると、原子核と電子がバラバラに動いていた時代があります。昔に戻れば戻るほど、宇宙は小さい素粒子の世界になるのです。そういう意味で、素粒子物理学の観点で宇宙を研究しています。

Q. 現在はどのような研究課題に取り組んでいらっしゃいますか?
一番興味を持っているのは、暗黒物質と暗黒エネルギーです。私は物理でも、これまで理論的に研究することが多かったので、「暗黒物質とはこういうものではなかろうか」と、自分なりの説を考えています。その理論を検証するために、どのような実験をすればよいかを実験担当者と考え、どのように計算をしたら調べられるかを数学者と話し、何をどう観測したらよいかと天文学者に相談します。このように、いろいろな分野の人とも話をしながら、自分の説が正しいかどうかを突き止めたいと思います。
また、暗黒エネルギーは、宇宙が膨張していくにつれて、どんどん湧き出してくるという不思議なものです。「宇宙の膨張」は、重力の法則で考えると、地面に立ってボールを真上に投げるのと同じで、ある程度大きくなったところで膨張が止まり、小さくなってくるという説が長年ありました。ボールを上に投げると、地球の重力に引っ張られて、だんだん上にいくスピードが遅くなり、途中で止まって下に落ちてくるのと同じです。ところが、最近の観測により、一旦遅くなった宇宙の膨張のスピードが、また速まってきていることが分かりました。何らかしらのエネルギーが増えて、宇宙の膨張を後押しして、加速しているのです。このエネルギーを「暗黒エネルギー」と言っています。
そこで、宇宙の膨張の歴史を詳しく調べることで、暗黒エネルギーの謎に迫り、宇宙がこの先どうなるのかを知りたいと思います。宇宙の膨張の歴史を調べれば、宇宙が永遠に大きくなり続けるのか、宇宙に終わりがあるのかという将来の予測もできると思います。望遠鏡を使って、これまで以上に丹念に、宇宙の膨張の歴史を調べる計画を立てているところです。


「暗黒物質が宇宙誕生のカギを握る」


Q. 暗黒物質は見えないのに、どのようにしてその存在が分かったのですか? また、暗黒物質についてどこまで分かってきたのでしょうか?
暗黒物質の存在は、1930年代の銀河団の観測によって知られるようになりました。銀河団にはたくさんの銀河が集まっていますが、各銀河が非常に速く動いているにもかかわらず、その1つが銀河団の外に飛び出すことはなく、かたまった状態にあります。その場に留まるためには、銀河同士がお互いの重力で引き合う必要がありますが、目に見える星の重力だけでは足りないため、何か見えない重い物質があるに違いないと考えられるようになりました。

そして、その後の渦巻き銀河の観測により、暗黒物質の存在が確信されるようになったのです。回転運動の物理法則から、渦巻き銀河の中心部の回転速度は速く、外縁部の回転速度は遅いと考えられていましたが、実際に調べてみると、その2ヵ所の回転速度は同じです。このような銀河の回転を維持するためには、銀河の外側を球状に取り巻く、重力を及ぼす何らかの物質が必要になります。これこそが、光を出さないけれど、大きな質量を持つ「暗黒物質」です。

暗黒物質は、現在観測できる通常の物質の約5倍の質量を持ち、今の宇宙を形成した源であることがはっきりしてきました。ビッグバンという大爆発によって暗黒物質ができ、その暗黒物質同士が集まり、その重力の力で普通の原子がそこに引きずり込まれて星ができ、銀河へと成長していきました。星は生命の源ですから、その星を作った暗黒物質がなければ、私たちは存在しなかったことになります。また、私たちの住む太陽系が、銀河系の中で秒速220kmもの速さで動いているにもかかわらず、銀河系の中に留まっていられるのも、暗黒物質のおかげです。暗黒物質の重力が、太陽系が銀河系の外に飛んでいかないように、今の場所にしっかりつなぎ止めておいてくれるのです。暗黒物質は私たちの周囲にも大量にあり、私たちの身体の中を通り抜けていると考えられています。

Q. 宇宙はどのように始まったと考えられているのでしょうか?
今の宇宙の年齢は137億年で、平坦な空間になっています。一方、ビッグバンで始まったばかりの宇宙はとても小さくて、しわくちゃだったと考えられています。しわくちゃの宇宙にアイロンをかけたように引き伸ばして平らになったという理論を、インフレーションと言っています。これは、宇宙が、100兆分の1秒のさらに1兆分の1秒くらいの年齢の時のことで、本当にできたての宇宙のことです。そして、宇宙は膨張を始めます。最初の頃の宇宙は、どこかに何かが集まっていることはなく、どの部分も均一でした。その後、次第に暗黒物質同士が集まり、その重力によって星が形成されるというのは先ほどお話した通りです。
また、現在の冷たい宇宙とは違って、熱かったということが分かっています。どのようにして熱い宇宙であったことが分かったかと言うと、宇宙がまだ38万歳のときに出た光を、電波望遠鏡によって観測することができたからです。光と言っても、目に見える光ではなく、電子レンジで使われているのと同じマイクロ波です。光が届くまでに時間がかかりますので、宇宙の遠くの光ほど、昔の若い宇宙を見ていることになりますが、その原理で38万歳のときの宇宙の光を見ると、熱いことが分かったのです。光や電波を使っても38万歳より先は見えないので、それより前のことは、はっきりと分かっていません。しかし、暗黒物質のことが分かれば、もっと昔のことも分かってくるのではと私は思っています。


「知りたいという好奇心」

Q. 先生が素粒子物理にご興味を持ったきっかけは何でしょうか?

素粒子はすべての物質の最小単位で「おおもと」だからです。物事を根本から知りたい、分かりたいと幼い頃から思ってきて、行き着いたのが素粒子だったのです。子どもの時はいろいろなことに対して「どうして?」と思いますよね。それらの不思議に思ったことが、素粒子の世界で説明できるのです。
例えば、「どうして空は青いのか?」と言うと、これは太陽の光と大気中の酸素などの原子に関係します。太陽の光には、青い光から赤い光までいろいろな色の光が混ざっていますが、その色によって光の波長が違います。青い光は波長が短く、赤い光は波長が長いのですが、波長の短い青い光の方が、大気中の原子にぶつかって跳ね返る確率が高く、あちこちに散らばります。青い光が大気中にいっぱい散らばっているので、空が青く見えるのです。このように、なぜ空が青いのか?という子どもの時の素朴な疑問も突き詰めていくと、物が何でできていて、どのような仕組みで動いているかということに立ち返ります。それで1つの疑問が解決すると、「では、これはどうなっているのだろう?」と次々と調べているうちに、気がついたら素粒子にはまっていたという感じです。

Q. 素粒子物理学の魅力は何だと思われますか?

何かに貢献することを目的とするのではなく、純粋に「知りたい」という好奇心だけで学ぶところです。宇宙の研究も、私たちの暮らしにすぐに役立つわけではありませんが、宇宙を理解することは、人間の根本的なことにかかわります。宇宙がどのように始まったかという問題は、人間がどこから来たのだろうということに結びつきます。暗黒物質があったおかげで星ができ、星ができたおかげでいろいろな元素ができ、その元素が私たちの生命の源となりました。私たちの身体に星のかけらが入っていると思うと、不思議な気持ちになります。宇宙を学ぶことは、自分の存在を知り、自分たちの歴史をたどるという根源的な感じがするので、とても魅力的だと思います。